原宿に死す

お前が消えて喜ぶ者はオールで殴ればすぐに死ぬ

僕が黒のネイルを買うことを決めた理由

「アイドルの顔がいいと健康にいい」とはその名高き名軍師諸葛孔明の言葉である。即ちアイドルの顔の良さをより多く摂取できればより健やかということである。つまりカメラワークがいいライブは最高である。


故にマジLOVEキングダム公演は最高だったということである。


同僚と王国に入国してきました(同僚は3回目の入国)(なおこの場合の同僚とはアイマスで知り合った人のことを指します)。

シャイニング事務所及びレイジングエンターテイメントはマジでミリしらだ。嘘だ。翔ちゃんがピンク担当でかわいいのだけ知っている。何を隠そうショタコンだ。他の事務所のかわいい男の子の情報は入ってくる。アイドルの顔がいいと健康にいいが男の子がかわいいと世界が平和になるのである。素晴らしいね。

とはいえ「守ってやる」ってイケメン発言にマジでペンラ振る手が止まったくらい彼がカッコいいことは存じ上げなかったのでやっぱりミリも知らなかった。不覚。めちゃくちゃトキめいてペンラを乙女持ちしてしまった。乙女持ちとは両手を組み胸の前で祈るようにペンラを掲げることである。今名付けた。

ところでレイジングエンターテイメントってもしかして鳳兄弟となんか関係ある?




存在の強度が強い。

と言葉にするとなかなか意味がわからない。せいぜい「存在感がすごい」「リアル」「本当にいるみたい」というのがふさわしい言葉だとは思うが、それもいまいちしっくりくる言葉ではない。だって彼らは「いた」のだ。


ドームで、ステージで、光の中で。

衣装が靡いて、髪が揺れて、カメラに投げキスをして。

ST☆RISHが、QUARTET NIGHTが、HE★VENSが!

僕は2次元のキャラクターではない、男性アイドルを見たのだ!


その証拠が寿嶺二のMCである。

『マイボーイも?』

「……イェー!」

『……んんっ、マイボーイもー!?』

「!!うおーーーーーーーーー!!!!」

この↑流れ見たことあるもん!!!!知ってるもん!!!!あれLVだったもん!!!!人数で言えばどうしても少数派になる男性ファンにも配慮ができる大人のアイドルだったもん!!!!!!!!トトロ見たもん!!!!!!信じて!!!!!!!!!!!!!!

それにFeather in handで風吹いてたもん!!!!水上がる演出もあったもん!!!!!!!!!カメラマンさんあのリフターについて行くの大変そうだなって思ったけど多分アイドルが一番大変だったと思う!!!!!!頑張ったね!!!!!!!!最近若い子が頑張ってるだけで涙出るから正直オープニングから泣いてた!!!!!!!!!ミリしらだけど!!!!!!!!!!!カメラマンは年収2億もらってくれ。

そしてブログ記事を見りゃ分かると思うが一番心を掴まれたのはColorfully☆Sparkだった。かわいい男の子は世界を救う。ポップでパステルは公共の福祉。こっちはきゃりーぱみゅぱみゅ全国コンサートツアー星屑のCHERRY MARTINI最終公演できゃりー様が大きなカクテルグラスにすっぽりと収まって登場した時可愛すぎて泣いたオタクやぞ。カラフルポップなグラスの上で歌う可愛い担当アイドル(カッコいい)なんてそんなん最高なので演出家は年収2億もらってくれ。

でも一番印象に残ったアイドルでいえば桐生院ヴァン様がめちゃくちゃかっこよかった。先日ヴァン様のダイマが流れてきたので名前だけはなんとなく知っていたが実際に見たらめちゃくちゃかっこよかった。UP-DOWN-UP!に至っては自分がお姫様抱っこされたかと思ったくらいめちゃくちゃかっこよかった。特に横顔がめちゃくちゃかっこよかった。アイドルの顔がいいと健康にいい(3度目)。桐生院ヴァン様は事務所から毎秒2億もらってくれ。


見様見真似でコールをしながら僕は笑っていた。

アイドルとは、そうだった、娯楽なのだ。

僕は彼らの葛藤を知らない。背景を見たことがない。恋がわからない。

それでもステージの上で歌うその姿を一方的に見ることができる。誰もが星の光に熱狂したがっている。

そしてドームの天井が開いた瞬間、そこに光はあった。

時間にすれば20時過ぎだったろうか。ちょうど外でも日は落ち、夜になっていた頃だ。

満点の星空を駆ける一筋の流星を、翔ちゃんと僕は同時に見たのだ。

それこそが彼らがこの世界に存在する証左だった。


存在する偶像に対しできることは何だろうか。アンコールの幕も下りた時、ふと思った。

この熱を何かに昇華したかった。彼らのことをまだ知らない僕の言葉だけではあまりにも出力が足りなかった。未来の自分へのメッセージにするには、あと一歩、何かが必要だった。

マイクを握る翔ちゃんの爪の先が思い出された。マニキュアという女性性を表す装飾品で、男性性を主張する力強い黒が彩られていたことを。

そうだ、「カワイイ」とは、素敵なあの子を真似することから始まるのだ。


そして僕は、帰りに黒いネイルを買うことを決めた。


7/12 追記

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俺は有言実行の男。

僕だけのあなぼこ

今でこそ髪を青に染め、ハンドサインで威嚇しやすいように中指だけ違う色のマニキュアで爪を塗り、メイクを始め、穴だらけの耳に気分でピアスを入れている僕だけれど、中高生の頃はまさに田舎の真面目な学生そのものだった。本当に真面目だったわけではない。ただ反抗の仕方というのがよくわからず、日の出暴走が未だ健在な地域に生まれ育ったにも関わらずファッションにおいてはみ出し、崩すということを知らなかっただけだ。

初めてピアスを開けたのは19歳の夏だった。皮膚科で呼ばれるのを待つ間、僕の頭にあったのは同級生のN君のことだった。


N君が転校してきたのは小学四年生のことだった。

土地柄のせいか転校生は珍しくなく、苗字が多少珍しいというだけの彼はすぐにクラスに馴染んでいた。とはいえ僕たちはあまり親しくなかったのでよくは覚えていない。その頃の僕は友達と一緒に自分たちのオリジナルのRPGを作ることに夢中で、かつて住んでいた西日本の話は興味の範疇外だったのだ。

N君は家にいるときはずっと勉強していると噂の秀才で、かといって知識をひけらかすこともなく、行事では自然とリーダーになり、足も早い、唯一の欠点といえば字がそこまでうまくないというくらいの完璧人間だった。日直の欄に書かれたN君の直筆の名前を見る度、人間ひとつくらい欠点はあるものだと妙に達観した気持ちで納得したのを覚えている。読めないほど汚いというわけではなく、今評するならば味がある、というくらいのものであったけれど。


そんな成績優秀な彼と、当時は神童と名高かった僕は中学進学に当たって同じ進学校に入学した。僕らの小学校から進学したのは僕とN君のふたりだけで、自然と同じになる帰り道、同窓のよしみとして僕らは時折喋るようになった。学校の前のバス停には一時間に一本しかバスが通らず、携帯もゲームも持てない中学生がすることと言ったら無為な駄弁りに時間を費やすことくらいだったからだ。

N君があっけらかんとして「ピアスを空けたいんだ」と言ったのは確か6月のテスト期間のことだった。梅雨時には珍しく晴れ間の覗く日で、一日の一番暑い時間帯に帰宅せざるをえなかった僕たちは制服の内側に噴き出すほどの汗をかきながらバスに乗り込んだ。

微弱すぎる冷房を浴びながら、N君の言ったことに僕は心から驚いていた。ピアスとは不良の空けるもので、中学校でもトップの成績を修め続けている彼とは一番遠いものだと思ったからだ。ちなみに僕は当時既に成績は底辺をうろつき、「平均点の半分以下が赤点なら50点取れば回避できる」と豪語しながら20点前後を修めては補習の日々を送っていた。僕は早熟なだけで神童なんかじゃなかったのだ。


「本当は高校生になったらすぐ空けたいんだけど、親が反対してるから大学生になったら、すぐ」

反対されるのも当然だと思った。ピアスなんて未成年がするものじゃない、何故だか僕はそう信じて疑わなかった。親にもらった体に穴を空けるなんて……という古式ゆかしい価値観を抱いていたわけでもないのに、あらゆる装飾品に対する忌避感があったのだ。

穴なんてひとつもないN君の耳を横目に見て、いずれここにさびしい光が宿るのだろうかと考えた。

「N君も人間だったんだねえ」

彼と友達ではない僕には賛成も反対もできず、そんな当たり前の気付きを感嘆とともに呟くことしかできなかった。

その日、バスの中に定期券を忘れて後日再発行した。


僕らが親しく話したのはその日が最後だった。何があったというわけでもない。彼は吹奏楽部の練習や生徒会の仕事に忙しく、僕は朝から晩まで補習の日々だったので帰宅時間が被らなかったのだ。地方の進学校特有の成績によるスクールカーストも手伝ったのだろう。成績の悪い生徒は先生からの覚えが悪く、同級生も「こいつは蔑んでいい」という空気が蔓延する。不登校の同級生と最下位争いをしていた僕はいわんやである。


中高一貫校だった学校を高2で辞める直前、クラスメイトがN君の陰口を叩いているところに行きあったことがある。廊下の掃除をしていた時、教室掃除の女子二人が喋っているのが不思議と鮮明に聞こえたのだ。

「N君ちょっとさぁウザいよね」

「委員長気取りで偉そうだし」

その時僕は、なんでもできるN君でも彼を嫌いになる人がいるのかと純粋に驚いた。彼は優しく、真面目で、頭も良く、運動もできて、バスケ部と吹奏楽部を兼部し、生徒会長も務め、少女漫画の白王子(当時は白王子という名称はメジャーではなかったが)が現実にいるならきっとN君のことに違いないはずなのに。

教室に割り込んでいって抗議をするでもなく、廊下のロッカーに背を預けて僕はよくわからない感心をしていた。そして、案外僕は彼のことが好きなのだなと唐突に理解した。

話題はいつしか僕の悪口に変わっていたので少し愉快になった。


学校を辞めた二年後、僕はバイト代を持って皮膚科へ赴いた。二年の間に僕の価値観はすっかり様変わりしていて、ぽこぽこと空けられたピアス穴に憧れを持つようになっていたのだ。

皮膚科で問診票を記入している間、N君のことを考えていた。彼の無垢な耳が今はどんな形をしているのだろうか想像しようとしてそれは無為であると諦めた。風の噂では東京の難関国公立大に進学し教師を目指していると聞いたけれど、教育実習に行くのにピアスだらけの耳じゃ断られるんじゃないかなあ、とだけ思った。


今僕は、かつての僕が不良の証だと思っていたピアスの穴を6つ空けている。

N君の耳に今ピアスが光っているかどうかは知らない。

メープルシロップは透明で色の薄いものの方が高級らしい(ワートレカナダ完凸備忘録)

Sugaring Off Party


WORLD TRE@SURE in CANADAお疲れ様でした。皆さまの事務所の直央は無事帰国できましたでしょうか。

おそらく何の参考にもならないワートレ完凸備忘録です。このブログはソシャゲ関連は控えて『カワイイ』を感じた時に書くと決めていたのですが、直央は可愛いから仕方ないね。



前提

・完凸イベSRデッキあること前提(すまない……)

・課金は最初のみ

・過去ボーダーを参考に、多分1000万ptと少し稼げば500位以内には入れると予測

・Pレベルやカードのレベリングのために通常ライブ、メモのために営業も忘れない

・なるべく1日6時間寝てご飯もほぼ3食食べる(朝は事情により時々食べられない)

味噌煮込みうどんは単純にブーム

・具は椎茸、ネギ、かまぼこ、卵、鳥もも肉コマ切れ、油揚げ、白菜など(余裕があれば惣菜海老天をつける)





前日まで

ディーラー雨彦に石を割っていたのでそもそも手持ち石は多くなかった(1000ないくらい)。雨彦は来なかった。

戦いに備えて食料を買う。冷凍うどんと干し椎茸と鶏肉。あとiTunesカード。

30連で隼人1枚。運が良いか悪いかは置いといてもやや心許ないがとりあえずこれで始めることに。

すぐにチェンジし、イベントまでにとにかくデッキに入れて通常プロデュース(石集めも兼ねる)とライブを回しレベリング。とはいえ寝落ちたのでそこまでレベルは上がらなかった。






イベント開始~1日目

この時点でのデッキはイベ上位完凸SRが4枚と無凸隼人(Lv.15くらい)。

PLv.は99とゲージ半分くらい。ここから「1日にPレベルが1上がる」を目安に走る。

スタダ全購入。手持ちのゼリーは20×60弱、50×70強、100×250、石は4000個前後。

WAYでゼリーが増えたのが心強い。

巻緒が手に入り次第アピタイの切れ目にチェンジ、通常ライブでもレベル上げ。

ポイント報酬は全て取り終えたあたりで就寝。目標を二桁順位に定める。

正確な数字は撮り忘れたのでわからないが、確か1日目終了時点で180万ptくらいで60位くらいだったはず。


朝 バナナ(別ゲームリアルプレゼント企画当選品)

昼 炒飯

味噌煮込みうどん






2日目

所用により夜まであまり触れず。

100位落ちしていて順位を上げるのに手間取るが、100位の壁を超えればそこそこ食い込むことができる。

350万pt手前くらいでどうしても麗さんが欲しくなり、なけなしの石でガシャる。隼人が1枚重なる。

ライブレベル30まで育てたかったが睡眠時間のためにLv.29と半分くらいで諦める。

ちなみにモバでもふレジェフルーツイベ予告寸劇が来て気が狂った(書いてる人はレジェ推し旗もふP)。

357万pt/65位で就寝。


朝 焼き林檎

昼 回転寿司

味噌煮込みうどん






3日目

アイテム所持数を見に行くと100ゼリーが180個になっていたのでこのままのペースでは終盤アイテム尽きるのでは?と気付くも今は考えないことにする。

ぼちぼち読んでなかったアイドルメモリーを開けて石集め、WAYやチェンジでゼリー集め。

542万pt/59位で就寝。


朝 パンケーキ&いちご

昼 ケンタッキー

味噌煮込みうどん(ネギ買い忘れた)






4日目

翌日予定があるので今日中にポイント稼いでおこうと思ったが買い物や平成たぬき合戦ぽんぽこ鑑賞などによりノルマも達成できず。ジブリで2番目に好きな映画です。

ちなみにモバで次イベもふレジェフルーツイベが確定して気が狂った(書いてる人はレジェ推し旗もふP)。

582万pt/91位で就寝。


朝 胃痛によりなし

昼 焼き魚定食

夜 パンケーキ






5日目

日付変更後までほぼ手付かずだったため154位に落ちている。

それ以外書くことないので味噌煮込みうどんのレシピでも書いておきますね。調味料以外の分量は好き勝手すればいいと思います。


味噌煮込みうどん(一人分)

※仕込み段階で干し椎茸は水で戻し、十字に切れ込みを入れておく。冷凍うどんはチンしておく。

①顆粒の和風だしを400mlのお湯に溶かし、中火で鶏肉を茹でる

②アクを取り、みりん小さじ1、醤油小さじ2、味噌大さじ1と1/2の順で加え、椎茸・油揚げ・野菜を入れる(野菜柔らか目が好みの場合)

③椎茸に味が染み込み、油揚げや白菜がしんなりしてきたらうどん・かまぼこ・卵を入れて煮込む(固め野菜が好きな場合はここで入れる)

④うどんと卵が好みの固さになったら海老天を添えて食べる

⑤おいしい!スープ全部飲むのはオススメしない。濃いから。


味噌は合わせ味噌使ってましたが、多分白味噌赤味噌>合わせ味噌の順でおいしい気がする。個人差。


朝 胃痛と遅刻によりなし

昼 遅刻によりなし

夜 ぶどう






6日目

休みによりお昼寝中以外はほぼステを触っている。アマプラで動画見ながら。ゾンサガのラップシーンいいですね。やっぱりラップはカッコいい。

寝る前に体力消費しようとしたら幸か不幸かアピタイが続き、気付けば夜は明け、当初の目標ポイントは稼ぎきっていた。

1005万pt/49位で就寝。空が明るい。


朝 鳥もつ煮

味噌煮込みうどん

夜 お茶漬け






7日目

ラスパ販売日。有償石が5個足りなかったので500パックを1つ買うのみ。

ちなみにモバでもふレジェフルーツイベが始まって気が狂いかけたが就寝直前に無事SR確定チケットを引けた(書いてる人はレジェ推し旗もふP)。

1092万pt/51位で就寝。


朝 時間がなくてなし

味噌煮込みうどん

夜 ラーメン






8日目(最終日)


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なんでやねん(書いてる人はレジェ推し旗もふP)


……というのっぴきならない状況になったので1197万pt/45位(16時時点)で一旦走るのはストップ。

ちなみにイベント終了前に駄目押しでガシャしましたが麗さんは来なかった。






イベント終了

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はい。



なお最終デッキはこんな感じです。

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飲んだゼリーは正確にはわかりませんが多分100ゼリー換算で270くらい。限定ゼリー数は流石に不明。幸いにも石は割らずに済んだ。

1日にPLvを1上げることを目安に走ったつもりでしたが途中走れなかった日もあるのでLv.99→Lv.105。





総括

・完凸は割といけるけど他ソシャゲに割く時間はほぼないと思った方がいい

・限定SSRは来ない

・休日1日を使えば500万pt稼ぐのは可能(ただしアピタイにもよる)

・WAYやスペシャルレッスンでもらえるゼリーを有効活用しよう

・担当は いつも続けて やってくる(ととのったよー)






なおワートレ未出立の担当はまだ二人います。

好きな服着て生きていけ

「お母さんオシャレな人嫌いなんだよね」


だからお父さんと結婚したの、という冗談交じりの母の言葉は、特段僕を抑圧するものではなかった。その時だってふぅん、で終わった。だけど僕が服装について全くの無知の状態のまま成人したのは事実だった。親を糾弾するつもりも、過去の自分を責めるつもりもない。ほとんど不在の両親の代わりに祖母に育てられ、本を読むしか能のない地方の少年にファッションに興味を持てという方が酷だ。


服装について自発的に行動したことがほとんどない。服を買ったことすらほとんどないのではないか。親戚の中で最も歳下である僕の元には必然的にお下がりが残されていた。祖父、母、3歳上の兄、1人の従兄、4人の従姉(のちに3人になる。兄と同い年だったひろちゃんは病死だった。追い越すどころかもう倍の年齢になってしまった)、顔も続柄も知らない遠縁の誰かたち。幸か不幸か、女性でも170cm以上が普通の家系で僕だけ平均よりやや……わずかに……心なしか……小さいので着られないものはほとんどなかった。幼少期の写真を見れば、どれも袖が余った服を着た少年が仏頂面でカメラを睨みつけている。


好きな服はなかったが嫌いな服はあった。ガーリーな服が好きな従姉のかなちゃんがくれる、リボンがついたピンクの服だった。そういう服を着ている時、ほぼ間違いなく僕は女の子に間違われた。「汚れるので捨ててもいい服で来てください」と言われた芋掘りの日は、かなちゃんがくれたピンクのロリータチックな服を着ていった。泥だらけになったその服は当然その日のうちに捨てられた。

ピンクが憎いのは物心ついた時からずっとだった。

女の子に間違われることが何より嫌だった。可愛いと言われれば一日中不機嫌になり、早熟ゆえ覗き始めたインターネットで覚えたミソジニーを口にし、「ジョシ」から遠いところにいようとしていた。一向に声変わりしないことを危ぶんで、殊更に「オトコ」でありたかった。暴力で男性性を誇示しようと暴れまわっていた。端的に言えば、ガキ大将だったのである。この過去の悪行については口を閉ざさざるをえない。


一般的に洋服の趣味に目覚める思春期の頃にも特に好きな服が定まることはなかった。というより、恐らく中高6年間を通してパジャマと肌着以外を買っていない。依然お下がりがもらえる立場だった所為もあるが、土日でも制服を着て学校に行かざるを得ない落ちこぼれだったからだ。微妙な色合いのネクタイを胸元に置くブレザーは近隣の学校と比較してもオシャレとは言い難く、「ダサいよな」と言い合いつつも、質実こそが美徳と言われた僕たちは真面目に第一ボタンまで閉め、ヘソ下までズボンを上げて盆正月を除く360日を過ごしていた。


過ごしていたが、結局学校はやめた。高校2年生の晩春だった。底辺でもしがみついていた進学校の末席は、1人の英語教師の言葉によって呆気なく色を失った。ここに関しては割愛する。

いずれにせよ、僕は暑くなり始めた地方都市の中で無職となった。16歳の無職が着てもいい学校制服などあるはずもない。僕のクローゼットにはパジャマと肌着と紺の靴下、お下がりのパーカー、僕の名前だけあだ名ではなく苗字で刻印されたクラスTシャツしかなかった。辟易するほどの黒と紺、時々ベージュ。おじさんかよ。そういえば休日のお父さんルックといえば白のポロシャツにベージュのチノパンという偏見があるが、実父の「休日のお父さんルック」に関して記憶に残っている最後の姿はピンクグレープフルーツ色のシャツと白の麻のパンツだ。その日を境に父は姿を消した。あのピンクグレープフルーツ色のシャツがどうなったのかだけが気になる。多分似合わない色なので着たいわけではない。


今もクローゼットを開けてみれば、日々を最低限過ごすためのパーカーやジャケットしか入っていない。しかし一般的なオタク男性のクローゼットの中身とそう変わらないのではないかと思う。この国には未だ男性のファッションというものに無頓着だ。女性にばかり華やかさを求め、男性はヒゲさえ剃って黒髪でいれば適当でも許される。というか、諦められている。あまりにダサい二律背反である。じゃあ男にも女にも所属できない人間は何を着れば良いのだろうか。




ところで最近、友人がaxesやAmavelに目覚めた。

知り合ったのは高校生の時だが、当時はパーカーばかり着ていた。正直言うと、非常に過去の自分と似ているように思えた。

それが最近ではよくお人形さんのような服を着ている。会う時は大抵セーラーリュック、ベルトやリボンなど工夫したちょい足しポイントを教えてくれる。

いいなあ、と思った。


推しに会うためにオシャレして上京してくるフォロワーがいる。

バチバチのピアスと青髪で宇宙柄のパーカーを着て、「これが私の鎧だ」と言うフォロワーがいる。

「クリスマスだからタトゥー増やしてきた」と写真をあげていたフォロワーがいる。

みんな、いいなあ、と思った。


先月、ずっと憧れていたきゃりーぱみゅぱみゅのコンサートに行った。夢のような光景で、幻のように楽しくて、魔法のように綺麗な夜だった。何より、普段行くアイマスのライブと違うのは観客もコスプレをしていることだった。アリスのような衣装の少女、二人合わせてつけまばっちりの目を表現したドレスの中学生くらいの女の子たち。客層が違うのでどちらを批判するわけでもない。

だけど、質問コーナーで手を挙げた自分の腕は、間に合わせのベージュのセーターに包まれていた。大学受験の頃から着ているものだ。だっせぇな、という気持ちが頭の隅に浮かんだ。


今月末に同人イベントがある。サークル参加をするのは3回目だ。前回と前々回は夏の参加だったので、冬のイベントは初めてだ。そして気付くのだ、まともな冬服がないことに。

「いいなあ」の仲間に僕もなりたかった。他人と会う時くらい、イカす自分でありたかった。


買うしかねぇ。とびきりイカす、皮膚のように馴染む洋服を。



そんな時、ACDC ragの洋服がツイートで回ってきた。スーパービッグサイズのパーカー。袖は余り、裾はワンピースのように長い。くまちゃん柄が最高にクールだ。

これだ、と思った。通販するつもりだったが、翌々日には原宿の実店舗に降り立っていた。

先日行ったパーソナルカラー診断ではブルベ夏だと言われたので、柄のくまちゃんはブルーにした。青は好きだ。青いし。

買って帰って、袖を通して、 長い裾をつまんでくるくる回ってみた。「自分で買った好きな服を着ている」というだけで泣いてしまいそうだった。鏡の中で佇む色の抜けたシルバーの髪の人間は男とも女ともつかない。「女っぽく見える男だから」という理由で仕事を不採用になりかけたこともばかばかしくなるほどに、ただの僕がそこにいるだけだった。可愛い自分がそこにいるだけだった。


最近になって時々、かなちゃんにもらった、リボンがついたピンクの服を思い出す。

ピンクも、可愛いことも、何の罪でもなかった。本当は僕の仲間だった。だけどあの服は僕のためのもではなかった。ほんのわずかな罪悪感とともに、そう思う。


「自分はもしかして自分を愛してもいいのではないか」「自分はもしかして可愛いのではないか」と思い始めて約3年。『カワイイは研鑽する全ての者のために』という記事を書いて1年半(※)。なんと遅々とした行動だろうか。だが行動に耐えないほど遅いというわけではない。足は動く。服は着られる。僕はまだ若い。10年経ったって、20年経ったって、100年経ったって、僕は若い。くまちゃんのパーカーを着て、パンダのリュックを背負って、宝石みたいなピアスをつけて。

嫌われたり、たまに好かれたり、陰口を叩かれたりしながらも。それでも好きな服を着て、Beauty Plusで自撮りをして、ブログにあげて、カワイイについて書く権利は誰にも奪えない。

自撮りの中の自分はにやにやと笑っていた。




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最初目元隠してなかったけど、可愛さを誇るよりネットに素顔をあげるビビりの方が勝ったのでモザイクをかけた。可愛さの波動を感じてほしい。


https://udur.hatenablog.com/entry/2018/08/30/200139

点けるタイプの魔法

8時ちょうどには目が覚めていたが、暖房器具のない部屋は寒すぎて布団に籠城しているうちに昼になっていた。

いい加減起きねばとくまちゃんの半纏を手繰り寄せたところでかたんと軽い音を立てて何かが落ちた。

甘い色の光を零す夜の街灯、あるいは魔法少女が悪と戦うためのステッキのようなライトだった。

きゃりーぱみゅぱみゅ2018年ツアー星屑のCHERRY MARTINIのコンサートライトだ。そうだ、昨晩はコンサートへ行った。そして興奮のあまり物販でコンサートライトとピアスを買って帰ってきて、布団の中でライトを点灯させて遊んでから寝たのだった。




きゃりーぱみゅぱみゅに会ってきたのだ!




生きていたんだ。僕が聴いた客席の少女の声に反応して笑っていた。ARではなかった。2次元でもなかった。同じ世界の延長線上に存在していた。

赤い幕が上がって、ステージの上の大きなマティーニグラスの中にきゃりーぱみゅぱみゅの姿を見た瞬間涙が溢れて、それから最初のMCに入るまでの3曲の間ずっと胸の前で指を組んで涙を流していた。前の席にはずっと腕組みで時々オペラグラスを覗いて頷く彼氏面おじさんがいたが、こちとら彼女面おじさんである。

でも泣いてばかりじゃない。すごく嬉しくて、楽しくて、胸がいっぱいだった。


チケットを譲ってもらった方に「こういうライブ初めてなんです」と言ったら「そうなんですね!きゃりーちゃんのライブすごく楽しいですよ!」と言ってもらったのを公演中時折思い出した。その通りだ。とにかく楽しかったのだ。

ステージセットは「2年半姿を眩ましていた伝説のキャバレー・ガールの復帰公演」というコンセプトに沿って、最初はきゃりーぱみゅぱみゅがすっぽり入ってしまうような大きなマティーニグラスやバーカウンター、次はどこかにあるようでどこにもないとどこか直感するくたびれたキャバレーの入り口、そして最後にぴかぴか光るKYARYのネオン。物理背景じゃん!すごいな!?あとダンサーめっちゃ近い、バックダンサーっていうか彼らも曲の一部なんだ……すごい……未知の体験だった……


実のことを言うと、今回の公演で知ってる曲は数曲だった。なにせ追っていたのは何年も前、チケットを取ったのは3日前。そして原稿中。予習の時間もなかった。ていうか実は今も原稿中だし締切まで10日切ったんだけどこんなことしている場合ではない。死ぬのかな?


https://udur.hatenablog.com/entry/2018/12/05/143933


それはさておき、上の記事での最後に「ついていけるかわからない」と書いたのはそのことだった。普段アイマスしか行ってねぇ完全アウェイ人間でノリがわからないというのもあるが(コンサートライト振れなくて口惜しかったがとりあえずアイマスペンラ持っていくのはやめてよかった)、特にノれずただぼんやりと時間を過ごしてしまったらどうしようという懸念だ。

杞憂だった。本当に杞憂で良かった。

まず開幕曲「恋ノ花」の時点で聴いたことがなかった。だがその後の反応は上記の如くである。




アンコール。ぴかぴかの金の紙吹雪が大量に降って、しかしそれは客席には落ちず、あくまでも平面的にステージにだけ落ちていって、その瞬間ようやく「この世界の延長線上にいる」と輪郭を掴めてきたはずのきゃりーぱみゅぱみゅに現実感がなくなって、




ああ、そうか。神様が画面の中に帰っていく。




閉演後、改めて客席を見渡してみればいろいろな人がいた。

おじさん通り越しておじいさん。きゃりーぱみゅぱみゅみたいな格好の原宿系の女の子。恐らくは夫婦であろう二人組。僕と同様初めて来たらしい男性。ちょこんと座席に座る小学生くらいの少女たち。

みんなが「きゃりーちゃん」と呼んでいた。叫んでいた。

その一部としてあの場にいた。







「何かきゃりーに質問したいこととか言いたいことありますか?」と恒例らしい質問コーナーがあった。反射的に挙手した。真面目でひたむきな高校生のように、ぴんと高く手を挙げた。

きゃりー様、いや、きゃりーちゃんに会いたくて。特別に好きで。来れて良かった。こうやって見ているだけで泣けちゃって。どうしたら泣かないでいられますか。

言いたいことは決まっていたのに言葉にできる自信はなかった。それでも、手を上げた。

数人が選ばれて質問したりリクエストした後、「これで最後かな」ときゃりーぱみゅぱみゅが客席を見渡した。




「えーとねー……じゃあそこの、緑のTシャツの女の子!」




きゃりーぱみゅぱみゅが選んだのは僕ではなかった。

ああ、だけど、何故だか心が晴れやかになった。


「すきないろはなんですか」

「ラベンダー色!紫のパステルっぽい色が可愛くて好き!」


Kawaiiの体現者の好きな色を聞いたら、なんだかそれだけで泣けてきた。




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青い髪を振り乱して鉄の首飾りを外したいんだ

きゃりーぱみゅぱみゅに出会ったのは高度1万mを往く飛行機の中だった。高校1年生、海外短期留学からの帰路である。

留学といえど格別勉強ができるわけではない。英語は今に至るまでずっと苦手だ。この間likeの過去形がわからなくて涙目になった。

そんな自分にとって英語圏への留学は短期とはいえ地獄だった。なにしろ舌先三寸で生きているものだから言葉の通じない場所は手足をもがれて流れる血を止める術もないまま極寒の中に放置されるようなものだった。関係ないが当時季節は冬、気候の変化に留学中三度子供の嘔吐を間近で目撃し海外のウイルスに耐性がなかったためかひどい風邪をもらって帰ってくることとなった。

兎角コンディションは最悪だった。風邪のせいで吐き気はするし頭痛はするし耳抜きには失敗して耳鳴りはするしステイ中かけられた「あなたとても大人しいのね?(話せないだけである)」という言葉が延々と頭を巡る。機内で映画など見られるわけもなく、ただ慰みに音楽を聴いていた。その中でもひたすらリピートしていたのはアメリカ人演歌歌手ジェロがカバーする「勝手にしやがれ」、当時AKB48メンバーであった岩佐美咲がカバーする「瀬戸の花嫁」、そしてきゃりーぱみゅぱみゅの「CANDY CANDY」だった。


https://m.youtube.com/watch?v=UoK8DaJRDaM


今もだが、音楽カルチャーというものにてんで詳しくない。テレビもあまり見ない。幼少期から見る番組といえばNHKディズニーチャンネルである。

きゃりーぱみゅぱみゅ、という存在くらいは知っていた。奇妙な名前の可愛い女の子がモデルをしていたはずがperfumeの演出家にプロデュースされてめっちゃ曲出してるくらいの認識だっただろうか。

だからフライト中の半日聴いていた音楽にも、不思議な曲を甘い声の女の子が歌っている、としか思わなかった。そしてタイトルと名前を見てああ、これが噂のきゃりーぱみゅぱみゅかと思うだけだった。体調不良からの慣れない乗り物酔いでそれどころではなかったともいう。

ただ、繰り返される「CUTIE CUTIE SO CANDY LOVE」だけは帰国して1ヶ月かけて体調を治している間にも耳に残っていた。

砂糖玉には中毒性があるのだ。


そしてつけまの女王と出会う。


https://m.youtube.com/watch?v=NLy4cvRx7Vc


最早概念の輸入である。

この衝撃を表すのに”黒船“以外の言葉があろうか。未だに思いつかない。

感動という言葉すら生温い、これはまさにブレイクスルー、パラダイムシフトである。田舎の自称進学校の底辺で卑屈に笑う男子高校生の凝り固まった思想を飛び越える。


「寂しい顔をした小さな男の子 変身ベルトを身につけて笑顔に変わるかな 女の子にもあるつけるタイプの魔法だよ 自信を身につけて見える世界も変わるかな」


他人を呪って息をした。自分を呪って笑うしかなかった。全てを呪って生きてきた。そうやって見る世界が苦しくないわけがなかった。

積み重ねた怨嗟は重くのしかかる。ただ上を見れば良いなんて言葉は、例え過去の自分にひとこと言えるとしても選ばないだろう。早寝早起きは続けた方がいいぞということくらいだろうか。

それでも、人生のそれなりに早い段階で上を向くことができた。

僕にとっての「魔法」は「つけまつける」だった。


CDショップなど存在しない、精々レンタル落ちした何年も前のCDが捨て値で売られている程度の田舎である。通販でCDが買えることなど知る由もない。近所のGEOでアルバムを借りた。シングルを借りた。結局CDの種類について理解したのはきゃりーぱみゅぱみゅでだった。

何度もにんじゃりばんばんのMVを見た。つけまつけるのダンスを真似した。多少なりとも変声した男子高校生には出しづらいPON PON PONをカラオケで叫んで喉を潰した。ファッションモンスターに触発されて一度だけ原宿に足を運んでみた。極彩色とパステルカラーがお互いに無関心なまま同居する街は行き止まりの少年にも眩しかった。高2になってすぐ学校を辞めた。行き場がなくて毎日マックでゲームしながらキミに100%を聴いた。環境が変わってもインベーダーインベーダーを聴いてのんびり本を読んで過ごしていた。大学受験前日には試験課題図書を読みながらふりそでーしょんを聴いた。大人になりたいと思った。成人式なんて出たいわけじゃないけど、振袖を着たいわけじゃないけど、きゃりーちゃんのように金髪やピンクの髪にしたかった。


長々と半生を交えて書き連ねてきたけれど、自身の体験があるから自分が特別できゃりーぱみゅぱみゅが特別だと言いたいわけではない。これは凡百な、どこにでもいる、ライトファンと、何百万人とファンを抱えるアーティストの、よくある関係性である。

だけど確かに、かつての僕にとってきゃりーちゃんは特別だった。顔の見えない何百万人にそういう「特別」な話があったのだ。そういうだけの話だ。


大学進学後、忙しい一年の中でCDを追う時間もなく徐々に忘れていった。CDを取り込んだウォークマンは実家のどこにあるかもわからない。


だけど、どうしてか今更になって12/8のチケットを取ってしまった。




どうしよう。




アイマス以外のライブ(コンサート?)に行ったこともない。チケットジャムとか初めて使った。あっ定価です。

コンサートってペンラ振らない?よね?物販って何を買うの?ていうか席って立つの?座るの?

右も左もわからず既に泣いている始末である。そもそもなんでこんな急にチケット取ったのか。ここ数ヶ月急速にVtuberにハマっていたフォロワーが推しの引退報告をRTして以降一切のツイートをしてないからだよ。生きてほしい。

そう、だから、人間推しは推せる時に推しておかないといけないのだ。いつだって原稿を書く時は明日の命はないものと心得て書いているだろう、それと同じだ。でも18日締切の原稿は5日現在プロットできたところで、24日締切の原稿は未だ白紙。死ぬのかな?

それでも一度だっていい、画面の向こうで、カラフルなピンクのセットの中で踊っていたきゃりーちゃんを生で見てみたかったのだ。あのKawaiiの体現者が僕の住む世界の延長線上に存在するんだと知りたかったのだ。人間死ぬ時は死ぬ。昨日は4月に死んだ爺さんが食べるつもりで買っていたチーズをアテに酒を飲んだ。これを買った時の爺さんはきっと自分が死ぬことなんて考えていなかった。ただ明日の自分の楽しみのために、すっかり忘れ去られた床下のワインと共に食べようとだけ思っていたはずだ。ならば原稿が死のうが悔いなく前のめりに推して生きたい。もう何の話かわからねぇ。


そうこうしているうちにチケット譲渡者から連絡が来て当日の日程が決まった。もうあと戻りはできない。正直言うとめちゃめちゃ怖い。ついていけるかもわからない。


それでも、楽しもうと思います。以上!








私信:合同サークル持ちかけといてなんだけど新刊落としたらマジごめん

荒野を歩く少女たち

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こんばんは、梅太郎と申します。

ツイッターにこういったコメントをいただいたので少し考えてみました。肉じゃがを作りながら。カルーアミルクを飲みながら。

ただ、当方SideMをメインとしているPなので、シンデレラについてかなり的外れなことを言っている可能性があります。ご了承ください。

というより一度たりとも考察なんて立派なことはしたことはなく、全ては妄言と自分に都合のいい解釈です。それでもわざわざ聞いてくださったので妄言でもよろしければ見ていってください。



まずもって、ガールズ・イン・ザ・フロンティアは夢を壊した果ての荒野を歩く現実の曲だった。そう思い聴いた。


曲を聴いて最初に驚いたのは、ファンのコールが曲中に入っていることだった。アイドルたちの歌う曲の中に当然の如くオタクの声が入っているという事実に、賛否は置いてもなによりもまず胸を掴まれたような気持ちになった。

同じ作詞家のあんずのうたのような電波ソングなら話は別である。アイドルという偶像性よりも、双葉杏というキャラクター性をアイドル本人が前面に売りに出した曲だからである。ある種飛び道具とも言える。

しかしガールズ・イン・ザ・フロンティアは「シンデレラ」「舞踏会」とシンデレラガールズを想起させる単語こそ散りばめられているが、曲自体は一般的な、要するにキャラソン感の少ない曲である。そこに前提として「ファンの声」が入っている、そのことはまるで夢から醒めたような衝撃だった。

そう、全ては夢だったのだ。イリュージョニスタ!から一年、長く続けられた一晩の夢は荒野の朝陽を迎えた。


話は変わるが、同時実装された新共通衣装ネクスト・フロンティアも第一に「思いきったな……」という感想を抱いた。

今までの共通衣装といえば、まさにシンデレラのドレスを思い起こすスターリースカイ・ブライト、モデルとなった現実世界の某アイドルグループから着想を得たであろうアクロス・ザ・スターズ、これも恐らく別事務所を参考にしたかスポーティなパーティタイム・ゴールド、夜会服とアイドル衣装の合いの子のようなショータイム・イリュージョンなどである(スタスカの色違いであるディープスカイ・ブレイズはここでは言及しない。関係ないけどスタスカとディプスカを着せてラブデスをMV再生すると重くてエモい)である。元々VRの衣装であったPTGはやや毛色が違いスポーティな印象だが、ほとんどは「女性」のアイドルらしい衣装だった。

そこに登場したのがパンキッシュでロックな新衣装ネクスト・フロンティアである。黒を基調とし、ゴツいベルトには身を固めるようなスパンコール、そして後ろにはドレスの名残のレースの尻尾。

決して今までの衣装を悪く言うつもりはないが、お姫様の殻を破った少女たち、自分の足で歩くシンデレラの衣装であった。


曲の話に戻るが、歌詞はどこまでも夢想に厳しい。少女の頃に夢見たの灰かぶりおとぎ話は埃かぶりとなり、夢を他人に託すなと叱咤し、ガラスの靴で荒野に放り出されれば星の輝きでさえ今の自分には悔しい。

だがそれですら彼女たちは「かけがえない権利」と歌う。シンデレラを否定することはない。ガラスの靴は地平線を追うブーツに、シミひとつないドレスは命綱であるバックパックに姿を変えたのみだ。夢から醒めた先は正夢である。歩き続ける現実のみである。ただそれだけの話であった。

今まで茫洋と抱いてきた「シンデレラガールズ」のイメージは、美しい灰かぶりがプロデューサーという魔法使いからドレスとガラスの靴を受け取り舞踏会で輝くものであった。しかしガールズ・イン・ザ・フロンティアに至った現在、アイドルとは地平を目指す少女たちであり、プロデューサーとはバックパックの荷物を分け合い、血だらけになりながらも共に歩む者とも言えるのかもしれない。


長々とまとまりのない話を続けてきたが、つまるところ「自分の足で歩けシンデレラ」とは何なのか。

フルコーラス歌詞が出ていない以上こうしてああだこうだと言葉をこねくり回し論じるのもナンセンスだが、あえて今述べるならば、ガールズ・イン・ザ・フロンティアが良くも悪くも「プロデューサーに向けられた曲」でない以上、アイドルのみならず全ての少女に向けた言葉と言っても良いのではないだろうか。

誰しも地平を目指す足があるはずなのだ。他人に託してはならない夢を抱いてもいいはずなのだ。現実はそれを突きつける。夢を見る権利はお城で王子様とお姫様の恋を夢想できる少女のみに与えられたものではない。運命共同体、あるいは共犯者である者のみがそれを共有することのできる途方もない夢だ。


こんな感じでよろしいでしょうか。酒が入っているので支離滅裂ですが許してください。

それから、デレステ3周年おめでとうございます。原田美世さんSSR楽しみにしております。




10/21追記

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ありがとうアイドルマスターシンデレラガールズスターライトステージ